平素より格別のご高配を賜り、誠にありがとうございます。
おかげさまで弊社は本年3月で創業80周年という大きな節目を迎えることができました。
長年にわたり支えてくださったお客様、お取引様の皆様のご支援の賜物と心より感謝申し上げます。
80周年にあたり、福田鉄工所の道のりを調べてみました。
創業した80年前の1946年(昭和21年)というのは第二次世界大戦後の復旧が始まった年になります。初代社長(祖父)や2代目社長(3兄弟の長男)は満州(当時)から帰還し、松江市の伊勢宮町にて個人創業をしました。当時は船釘の製造・販売からスタート。やがて3人の兄弟が手伝うようになり、船舶やディーゼルエンジン部品、建築土木などの仕事を経て金属加工の仕事を行なうようになりました。
1962年に法人として有限会社福田鉄工所を設立。1974年には現在の東津田町の工場を新築し、移転しました。2代目社長と専務工場長(3兄弟の次男)、常務副工場長(3兄弟の三男/後の3代目社長)で役割を分担し、それぞれが経営、製造、営業を担いました。

以前の社屋(改築前) ※後に道路側に工場棟を増築。元々は平屋の工場でした。
1985年には山陰地方で初めてレーザー加工機を導入します。弊社は当時、板の切断といえばガスやシャーリングでの切断が当たり前でした。(株)アマダの営業マンの方が飛び込み営業に来られ、ガスやシャーリングでは難しかった高精度の自由曲線の切断ができることを知った先代達は、意見が割れながらも導入することを決断したようです。当時の会社規模からすると控えめに言ってもかなり無謀な投資でしたが、導入はうまくいき、さまざまな部品形状に対応できるレーザー加工機は、同業他社からも注文が入ることとなり、県内外からの仕事が増え、社業は発展していくこととなりました。

レーザー1号機(LASMAC-667)
1992年6月にはレーザー加工機2号機を導入し、同年10月には工場を増築。順次レーザー加工機やベンディングマシンを導入。2008年には2代目社長から3代目社長にバトンタッチし、工場長との2人体制が続きました。その後2022年6月末で3兄弟が引退をされ、私が4代目として引き継ぎをさせて頂くこととなりました。
山陰地域でお客様から必要とされる企業であり続けた歴代経営者の努力とスタッフの皆様に感謝し、これから80周年、100周年と迎えるべく、技術と品質の向上に努め、より一層お客様に価値あるご提案ができるように努力してまいります。
今後とも変わらぬご支援とご愛顧を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。
有限会社福田鉄工所
代表取締役 福田剛史